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田中将大の凄さがわかる名言・語録集!天才投手の伝説エピソードから努力論まで


平成時代のプロ野球において、もっとも感動的で印象に残るシーンは東日本大震災の被災者の期待を背に、2013年東北楽天ゴールデンイーグルスが日本一に輝いた瞬間ではないかと思います。その中心にいたのはシーズン24連勝という奇跡を生み出したエース、田中将大です。

高校野球のスター選手から、日本プロ野球史に残るエースとして数々の記録と記憶を残し、2014年からはメジャーリーグに移籍。

その後も主戦投手として活躍し続ける田中。メジャーでは2018年シーズン終了まで5年連続二桁勝利をあげていますが、ルーキーイヤーから5年連続で12勝以上した投手は1950年以降、田中を含めて5人しかいません。そのいずれもがメジャーの歴史に残る名投手ばかりです。

当初は「ハンカチ世代」と言われ、同じく甲子園のスターだった斎藤佑樹のあとを追う感じでしたが、名将野村克也が「マー君、神の子、不思議な子」と呼び、星野仙一が日本一を託し、今もまだ進化を続け、わずか30歳にしてすでに日米通算163勝を上げるまでになっています。

今回はすでにリビングレジェンドともいうべき田中将大の凄さがわかる名言や語録を紐解き、天才投手の伝説エピソードから努力論まで迫ります。

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田中将大について

まずは田中将大の経歴を追ってみます。

1988年11月1日生まれ、大阪府伊丹市出身。小学生の頃には読売ジャイアンツの坂本勇人とチームメイト。駒大苫小牧高校に入学後、2年生からエースとして活躍し、夏の甲子園大会で優勝、3年次には準優勝。甲子園通算で8勝で無敗でした。

2006年のドラフトでは目玉選手のひとりとして、指名1位で4球団競合の末にイーグルスが獲得。1年目から活躍し、スライダーを武器に江夏豊と並び最速で100奪三振、高卒ルーキー歴代4位の196奪三振などを記録して、新人王に輝きます。

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2年目はやや苦戦するも、ツーシームを覚えてからは順調で、メジャーリーグに移籍した岩隈久志に代わり、チーム不動のエースとして奮闘します。しかし球団設立時の事情などもあり、なかなかチーム成績は振るわず、2009年に3位でクライマックスシリーズに進出したのみでした。

2011年3月11日に東日本大震災が起こり、本拠地のある仙台市もまた沿岸部は壊滅的な被害を受けます。田中はパリーグ初となる月間MVPを3度受賞し、数々のタイトルを手にします。

そして2013年には被災地東北の悲願であり、イーグルス初、星野仙一監督にとっても初の日本一を、シーズン24連勝無敗の成績でもぎとります。この年のクオリティスタート率はなんと100%で、前年度とポストシーズンを合わせると30連勝という、とてつもない記録を残します。

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2014年にポスティング制度により、メジャーリーグのニューヨークヤンキースに移籍。2018年まで故障がありながらも、5年連続二桁以上の勝利をあげ、チームに貢献しています。

日本では7年間で99勝、防御率2.30、新人王、MVP1回、沢村賞2回、最多勝利2回、最優秀防御率2回、最多奪三振1回、最高勝率2回。そして月間MVP12回は史上1位の記録です。

 

私が選ぶ、田中将大の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録集その1】

「本格派だろうが、何派だろうが、抑えりゃいいんですよ」

高卒で新人王を獲得したものの、変化球でかわす投球が多いとの批判に対しての言葉です。

また「試合は試すところじゃない。打たれて二軍に落ちるのは僕ですから」と言って、真っ直ぐ勝負ばかりを望む人たち黙らせました。

しかし負けず嫌いの田中は、2年目に球速を求め過ぎたのか9勝に終わります。まだ若いから真っ直ぐを鍛えるのはいいと背中を押した野村監督ですが、後にそれは失敗だったと語り、「やはりピッチャーに大切なのはコントロール」だと指導方針を変えます。

更にコントロールを磨いたことと、スプリットやツーシームを覚えるなどして、援護の少ない弱小球団で1年目から踏ん張り、ローテーションの柱のひとりとして投げ続けた経験が、実になったのだろうと思います。

2011年9月に、かつて甲子園でのライバルだった斎藤佑樹に投げ勝ち、「これまで斉藤がいたおかげで成長できた部分もあるのでは」との質問に対して「正直、ないですよ」と答えています。

それは斎藤がプロ入りするまでの4年間で、すでにプロのエースとして活躍していた田中の自信と矜持の表れだったのでしょう。

空前のシーズン24連勝という勝ち運は、どんな形であれ「抑えりゃいい」という田中の強い思いがあればこそ、達成できたことなのだろうと思います。

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【名言語録集その2】

「結局は気持ちなんですよ。自分を動かすのも気持ち、勝負を決めるのも気持ち、自分の中で物事の整理の仕方もすべて、自分の気持ち次第でどうにでもなる。勝負はもちろん、何事おいてもそれが一番大事だと思っています」

2013年シーズン、田中は東日本大震災で沈む東北の人たちに、24連勝と共に日本一を見せてくれました。

仙台はかつてロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)の準フランチャイズだったことがあり、1974年オリオンズが日本シリーズに進出したものの、仙台では1試合も開催しなかったという苦い経験があり、念願の日本シリーズでもありました。

日本一まであと1勝に迫ったジャイアンツとのシリーズ第6戦、それまで無敗の田中がマウンドに登り、ほとんどのファンが勝利を疑わなかった試合で、田中は160球の熱投を見せるも、菅野智之の好投でよもやの敗戦。最終第7戦にもつれ込みます。

トレーナーと田中自身、そして森山良二投手コーチの判断もあり、最終戦もベンチに入った田中ですが、星野監督もメジャーへの移籍が決定的だった田中の日本最後の試合になるだろうということで、最後まで投げさせたのであり、最終戦に登板させるつもりはありませんでした。

実は田中自身も投げたいとは言っておらず、ただ「気持ちは自分の中のスイッチを切らずにというか、絶対、明日も行くんやという気持ち」だけは持っていたそうです。

最終戦はイーグルスがリードしたまま9回に入り、星野監督は則本昂大を引っ張るつもりだったものの、森山コーチが直訴もあり、リーグ優勝の時もCS突破の時も田中が胴上げ投手になった事を考えて、日本シリーズも田中に任せる気になったらしいです。星野自身も監督として初の日本一がかかっているし、覚悟の起用だったのでしょう。

 

「変わりますね、モードが。なんとかしなきゃ、じゃなくて、絶対抑えてやるになる」

当然、万全ではない田中ですが「絶対抑えてやる」モードが入ります。

その日、球場にきていた元SMAPの中居正広さんは、巨人ファンとして応援しているのに、「マー君がんばれ」「東北がんばれ」とイーグルスを応援したい気持ちになり、田中の入場曲であるファンキーモンキーベイビーズの「あとひとつ」の大合唱に「なんだか泣けてきちゃってさ」とラジオで語っています。

 

「あの歓声っていうのは、やっぱり嬉しかったですし、マウンドに上がるにあたって僕の力になりましたね。野球選手ってそう軽く答えがちな部分もあるじゃないですか。ファンの方の声援が力になりましたとか。嘘じゃないんですけど、結構そういうコメントって聞くじゃないですか。でも本当にあれは力になりました」

後にそう語る田中は見事に胴上げ投手となりました。

 

「支援と言っても口だけになったり、形式だけになるのが嫌でした。実際被災地に行ってみると、簡単に口に出してはいけないと思いました。勇気を与えたいとか、元気にしたいとか、そういうのは相手が感じてくれるというか、感じてもらえたらいいものだと思います。勇気を与えるなんて、何様なんだ、という気持ちはありましたし、今もそう思っています」

その言葉通り、感じるものを被災者に届けた田中。被災時にイーグルスの選手会長だった嶋基宏が言った「見せましょう、野球の底力を」は、まさに現実となりました。

 

【名言語録集その3】

「1試合1試合、少しでも向上していくように、その積み重ねで今までこられた。野球をやめるまで、そういう感じでやっていくと思います」

田中の野球人生を見ると順風満帆に見えますが、考えてみれば高校はいかに設備が整っていても、何かとハンデがある北海道の学校を選び、プロ入りは球団譲渡ではなく球団消滅という結果、プロ野球再編問題で生まれた弱小球団の東北楽天ゴールデンイーグルスです。当時はまだ設備も完全ではなく、恵まれた環境とは言えませんでした。

しかし田中はまさに経験を「積み重ね」ることで、成長しているようです。

ハンカチ王子こと斎藤佑樹との甲子園対決、名将と呼ばれる野村克也や星野仙一の指導、東日本大震災の経験、後にメジャーリーガーとなる岩隈久志を見て、斎藤隆や松井稼頭央から話を聞き、良きライバルといえるダルビッシュ有らと切磋琢磨するなど、たくさんの出会いや出来事をうまく生かしてきているように思います。

 

「憧れて来たわけじゃないです。勝負しに来たんです」

メジャーのヤンキースに7年間1億5500万ドルという契約で移籍した時、そう言い切れるだけの経験を田中は積んでいたわけです。

田中の決め球であるスプリットについて、ダルビッシュ有は「バッターはみんな振り出すポイントがあって、そこで真っ直ぐみたいにグッと伸びてくる。じゃないとこんな低めのありえないワンパンを振るわけがないんですよ」と解説しています。

そのスプリットを駆使して、次はワールドシリーズでの胴上げ投手を期待したいです。

 

名言からの学び

・結果がすべてを肯定する。

・強く想う気持ちが自分や周囲を変える。

・すべての経験が自分の力になる。

 

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